職場環境づくりにおいて、多くの企業は就業規則、企業文化、安全衛生、労働条件の整備に力を入れています。これらはいずれも、従業員が安心して長く働き、能力を発揮するために非常に重要な要素です。しかしその一方で、繊細でありながら極めて重要な課題が、しばしば軽視されたり、語りにくいテーマとして後回しにされている場合があります。
それが職場におけるセクシュアルハラスメントの予防と対応です。セクハラ行為は、言動による不快感から身体的接触を伴うより重大な行為まで、さまざまな形で現れる可能性があります。いずれの場合も、被害者に心理的負担を与え、安心感を失わせ、不安な状態で働かざるを得なくなり、本来の能力を十分に発揮できなくなるという深刻な影響を及ぼします。
そのため、職場におけるセクシュアルハラスメントを正しく理解し、予防体制と適切な処理手続を整備することは、倫理的問題であるだけでなく、企業に課される法的義務および人事管理上の重要課題 であると言えます。
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01 - 職場におけるセクシュアルハラスメントの概念 |
セクシュアルハラスメントとは、相手の同意がない性的言動により、名誉・尊厳を侵害したり、不快感や恐怖感を与える行為 を指します。言葉、しぐさ、画像、行動など、さまざまな形で現れ、公共の場やSNS、そして特に職場で発生する可能性があります。
企業の文脈では、法律上、次のように定義されています。
「職場におけるセクシュアルハラスメントとは、職場において、いかなる者が他の者に対して行う性的性質を有する言動であり、被害者が望まず、受け入れないものをいう。職場とは、労働契約または使用者の指示に基づき、労働者が実際に業務を行うすべての場所をいう。」
(ベトナム2019年労働法 第3条第9項)
重要な点は、直接的か間接的かを問わず、被害者に精神的ダメージ、恐怖、侮辱感を与えた場合にはセクハラに該当する ということです。
実務および法令のガイドラインに基づき、職場のセクシュアルハラスメントは主に次の3つに分類されます。
1.1.身体的なセクハラ(フィジカル・ハラスメント)
身体への接触、抱きつき、身体に触れる行為、性的なニュアンスを含むしぐさなどが該当します。必ずしも強制性交等などの刑事犯罪に直結するとは限りませんが、
- 侮辱されたと感じる
- 利用された、支配されたと感じる
- 不快で耐えられない
と被害者が感じれば、加害者の意図に関係なく、セクハラに該当します。
1.2.言葉によるセクハラ(言語的セクハラ)
面と向かった会話、電話、メッセージ、電子ツールによるやり取りなどで、
- 露骨に卑猥な内容
- 露骨ではないが、性的な示唆・暗示を含む内容
により、被害者が不快・侮辱・屈辱を感じる場合が該当します。ここで重要なのは、言葉が「下品かどうか」ではなく、被害者への影響 です。
1.3.非言語的なセクハラ(ノンバーバル・ハラスメント)
- 視線やジェスチャーなど、身体言語による性的示唆
- ポルノ画像・動画・資料の掲示や共有
- 社内ツールやSNSでのわいせつ画像送信
などが含まれます。軽視されがちですが、精神的ダメージが大きく、安全な職場環境を大きく損なう要因 となります。
【「職場」はオフィスだけではありません】 |
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法令上、「職場」とはオフィスや工場だけではありません。労働者が業務として活動するあらゆる場所が含まれます。
したがって、業務に関連する場所や状況で発生したセクハラは、すべて企業の管理・予防・対応の範囲 に含まれます。 |
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02 - 職場におけるセクシュアルハラスメントの責任と制裁 |
職場でセクシュアルハラスメントを行った加害者は、行為の程度や性質に応じて、複数の法的・社内的責任を負う可能性があります。
2.1.労働規律による懲戒処分
2019年労働法第125条第2項により、職場におけるセクシュアルハラスメントは、懲戒解雇の対象となり得る行為 とされています。
ただし、企業が懲戒(解雇を含む)を行うためには、
- 就業規則にセクシュアルハラスメントが明確に規定されていること
- その行為に対応する懲戒内容が明示されていること
が必須条件となります。つまり、就業規則に規定がない場合、企業は原則として懲戒処分を行うことができません。
2.2. 行政処分(罰金等)
政令12/2022/ND-CP第11条第3項に基づき、職場でセクシュアルハラスメントを行った加害者は、行為内容や結果に応じて行政罰(罰金等) を科される可能性があります。
さらに、
- 企業がセクハラ防止体制を整備していない
- 苦情処理・調査・対応を怠った
といった場合、企業自体も行政処分の対象 となり得ます。
2.3. 刑事責任(重大なケース)
行為が単なるセクハラの範囲を超え、身体・尊厳・名誉を直接侵害する場合、刑事責任 を問われます。
たとえば、ベトナム刑法では、
- 他人の名誉を侵害する行為(第155条)
- その他、性的侵害に関連する罪
などが適用される可能性があります。そのため、被害者に重大な影響を与える行為は、懲戒処分だけでなく刑事事件に発展するリスク があります。
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03 - セクシュアルハラスメントの懲戒処分に関する実務上の経験 |
私たちはこれまで、多くの日系企業において職場で発生したセクシュアルハラスメント事案の調査を支援し、違反が確認された場合には、懲戒処分の実施についても助言してきました。事案ごとに背景や状況、影響度は異なりますが、実務を通じて、企業が特に注意すべき共通点がいくつか見えてきました。
3.1.加害者は事実を否定し、証拠を消そうとする傾向があります
多くのケースで加害者は、
- 事実を全面的に否定する
- 「冗談だった」「誤解だ」と合理化しようとする
- メッセージやメール、通話履歴などの証拠を削除する
といった行動を取ります。そのため、企業が初動対応の手順を整えていない場合、証拠収集は極めて困難になります。
3.2.行為は「証明しにくい場所」で行われることが多いです
加害者はしばしば、
- カメラの無い場所
- 目撃者がいない時間帯
- 私的で確認しづらい状況
を意図的に選びます。つまり、法的リスクをある程度理解したうえで、証拠が残りにくい形で行為を行うのです。このため、社内調査では慎重かつ専門的な証拠収集方法が求められます。
3.3.被害者は心理的圧力や恐怖にさらされます
多くの被害者は、
- 人事評価・昇進への影響を恐れる
- 恥ずかしさや批判への不安を抱える
- 報復を恐れて協力に消極的になる
といった心理状態に置かれます。企業は、被害者を保護し、安心して相談できる環境を整える ことが不可欠です。
3.4.「権力の非対称性」が存在するケースが非常に多いです
実務上よくあるのは、
- 加害者が管理職や監督者である一方、
- 被害者が弱い立場に置かれている
という構図です。
望まない状況でも、仕事を失う不安から、被害者が沈黙せざるを得ないことがあります。したがって、安全に通報できる内部通報制度の整備 が極めて重要となります。
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04 - セクシュアルハラスメントを効果的に調査しつつ、関係者をどう守るか |
セクシュアルハラスメント事案に直面した企業は、次の3つの要請を同時に満たす必要があります。
1️⃣ 事実関係を客観的かつ効果的に調査すること
2️⃣ 関係者への心理的負担を最小限に抑えること
3️⃣ 情報管理を徹底し、守秘性を維持すること
いずれか一つでも欠けると、調査自体が被害者を再び傷つける結果となり、社内の対立や不信感を拡大させる恐れがあります。
4.1. 社内に「波風」を立てず、静かに・確実に進める
疑いをかけられた加害者候補が「発覚の可能性」に気づくと、次のような行動に出る場合があります。
- 感情的に反発する
- 業務を妨害する
- 設備やデータを破壊する
- 被害者や通報者に圧力・脅迫を加える
そのため、企業は柔軟でありながらも一貫した姿勢で対応する必要があります。
- 調査内容は必要最小限の範囲でのみ共有する
- 本当に関係のある担当者だけに情報を開示する
- 人員・資産・職場秩序を守るための緊急対応を準備する
加害者候補へのヒアリングは、企業側が一定の事実関係を把握し、想定シナリオを準備した段階で実施することが望ましいです。
4.2. 情報管理(守秘)は「生命線」です
守秘性は、次の2つの役割を果たします。
- 関係者の心理を安定させる
- 特に被害者の名誉と私生活を守る
情報が漏えいすると、被害者は
- 心理的トラウマを再体験し
- 家族や周囲からのプレッシャーにさらされ
- 仕事や生活に長期的な悪影響を受ける
可能性があります。
したがって、調査に関する書面・議事録・メール・データ は、厳格なルールに基づいて管理・閲覧・保存しなければなりません。
4.3. 守秘しながら、再発も防ぐための「調査の進め方」
ここが最も難しい部分です。企業は、次の条件を同時に満たす必要があります。
- 合法的な方法で証拠を収集する
- 被疑者(加害者候補)の権利も尊重する
- 調査中の再発や二次被害を防止する
一方、社内だけで対応しようとすると、
- 手続が不適切になる
- 社内対立が激化する
- 新たな法的リスクを招く
といった問題が生じるケースも少なくありません。そのため、敏感で複雑な案件では、弁護士や内部調査専門家などの第三者支援を併用する方法が、より安全で現実的な選択となる場合があります。
ただし、すべての案件に共通する「万能の解決策」はありません。企業文化、人間関係、リスクの大きさに応じて、最適な調査フローを個別設計することが何より重要です。
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05 - 企業への提言:発生後の対応より、事前予防を重視すべきです。 |
職場におけるセクシュアルハラスメントを防止・適切に対応することは、企業の信用向上、人材確保、内部トラブルの抑制、そして法的リスク低減につながります。
そのため、企業には次のような取り組みを主体的に進めることをお勧めします。
- セクシュアルハラスメントに関する明確な規程と処理手続を就業規則に定める
- 従業員向けに定期的な研修・周知を行い、権利・義務・保護制度を理解させる
- 安全かつ匿名性の高い通報窓口を設け、通報者を不利益から守る
- 事案発生時には、一貫性をもって厳正に対処する姿勢を示す
【就業規則は「合法的・効果的に処分するための鍵」】
現在の労働法では、職場でのセクシュアルハラスメントを明確に規定し、処分内容を就業規則に定めることが企業に求められています。
つまり、
- 規定が存在しない場合
- あるいは、内容が抽象的で不明確な場合
企業は、加害者に対して懲戒処分(特に懲戒解雇)を適法に行う根拠を欠くことになります。
したがって、就業規則には次の点を具体的に盛り込む必要があります。
- どのような行為がセクシュアルハラスメントに該当するのか
- それぞれの行為に対する懲戒レベル
- 企業文化との整合性を保ちつつ、法律に適合する内容にすること
規定が曖昧だと、加害者はしばしば次のように主張します。
「規定が十分に説明されていなかった」
「内容が分かりにくい」
「違反と認識していなかった」
結果として、企業側の立場が弱まり、紛争の長期化につながるおそれがあります。
■ まとめ |
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職場におけるセクシュアルハラスメントは、単なる倫理問題ではなく、重大な法務・人事リスクです。企業が早い段階で、
を整備すればするほど、
を構築することができます。 |