ベトナムで現地法人を設立する場合、企業登録証明書(ERC)が発行される前から、オフィスの確保、設立支援、翻訳、設備の予約など、さまざまな契約や支払いが必要になることがあります。このような会社設立前の契約や費用については、「会社設立後に経費として計上できるか」という点だけが注目されがちです。しかし、実務上はそれだけでは十分ではありません。誰が契約し、誰が支払い、設立後に現地法人がどのように権利義務を引き継ぐのか、さらに立替金をどのような書類に基づいて返済するのかまで、設立前から一体的に設計する必要があります。
特に、日本の親会社または外国人の法定代表者が費用を立て替え、設立後にベトナム現地法人から返済を受ける場合には、ベトナムの企業法・税務だけでなく、銀行が求める海外送金書類や、日本側での会計・税務処理も確認しなければなりません。
本稿では、ベトナムにおける会社設立前の契約の法的効力と、設立前費用を設立後に適切に処理するための実務上のポイントを解説します。
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01 - 会社設立前の契約とは |
会社設立前の契約とは、将来設立される会社の設立または初期の事業活動に必要なため、会社設立者が会社の名義または自らの名義で締結する契約・取引をいいます。
ベトナムでよく見られるものとして、次のような契約があります。
- 本店所在地を確保するためのオフィス賃貸借契約または基本合意書
- 弁護士、会計士、コンサルタント、翻訳者等との専門サービス契約
- 設備、什器、内装等の購入・予約・デポジットに関する契約
- 設立準備や初期運営に必要となる人材に関する契約
この段階では、将来設立される会社はまだ法人格を有していないため、当然に契約当事者となることはできません。そのため、誰が署名者となるのか、会社が設立された場合に契約をどのように承継するのか、会社が設立されなかった場合に誰が責任を負うのかを、契約書の中で明確にしておくことが重要です。
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02 - 会社が設立された場合の法的効果 |
ベトナム企業法第18条では、会社設立者は、会社の設立および活動のため、会社設立前または企業登録手続中に契約を締結することができるとされています。
会社がERCを取得した場合、原則として、設立された会社は当該契約から生じる権利義務を引き続き履行し、関係当事者は民法に従って契約上の権利義務を会社へ移転します。ただし、当事者間に別段の合意がある場合は、その合意が優先されます。
したがって、会社が設立されたからといって、設立前の契約が何の手続もなく自動的に整理されると考えるべきではありません。設立後は、契約の承継または当事者変更を確認する合意書、社内承認書類、支払証憑などを整備し、契約関係を新会社へ明確に引き継ぐ必要があります。
2.1. 会社が設立されなかった場合
会社がERCを取得できなかった場合、設立前契約に署名した者が、その契約の履行について責任を負います。また、他の者が会社設立に参加していた場合には、当該参加者も契約の履行について連帯して責任を負う可能性があります。
例えば、会社設立前に長期のオフィス賃貸借契約や高額な設備購入契約を締結し、その後会社を設立できなかった場合、署名者自身が賃料または購入代金を支払わなければならないことがあります。
2.2. 設立前契約に入れておきたい内容
このようなリスクを限定するため、設立前契約には、少なくとも次の事項を検討することが望ましいです。
- 契約を締結する者の資格および権限
- 契約の目的が会社設立または設立後の事業活動にあること
- ERC取得後に新会社が権利義務を承継する方法
- 会社が設立されない場合の契約終了および費用負担
- 会社設立を効力発生の条件とする停止条件
- デポジット、前払金、違約金および返還条件
特に金額が大きい契約や長期契約については、設立前は覚書(MOU)または条件付き契約にとどめ、正式契約は会社設立後に締結する方法も検討できます。
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03 - 設立前費用は「経費にできるか」だけではありません |
会社設立前に発生した費用を処理する際、多くの企業は、当該費用をベトナム現地法人の損金として計上できるかどうかを最初に確認します。もちろん税務上の要件は重要です。しかし、実際には、次の三つの段階を分けて確認する必要があります。
- その支出をベトナム現地法人の適法な費用として認識できるか
- 現地法人が、立て替えた親会社または個人に返済できるか
- 返済先が国外にある場合、銀行を通じて海外送金できるか
会計上費用として記録できたとしても、返済や海外送金まで当然に認められるわけではありません。契約、税務、会計および銀行手続が相互に整合して初めて、設立前費用の処理が完了します。
3.1. ベトナム現地法人の費用として認められるための基本条件
一般に、法人所得税上の損金として認められるためには、その支出が会社の事業活動に関連し、適法なインボイスおよび証憑があり、一定額以上の支払いについては非現金決済の条件を満たす必要があります。VATの仕入税額控除についても、別途、法令上の条件を確認しなければなりません。
会社設立前の支出については、設立者が組織または個人に対し、会社設立に関連する費用の支払いを文書で委任する方法があります。法令上の条件を満たす場合、被委任者名義のインボイスと、被委任者から供給者への銀行振込証憑等により、設立後の会社がVATの仕入税額控除を検討できる仕組みがあります。
したがって、設立日前のインボイスであることだけを理由に、必ず会社名義へ修正しなければならない、または一切会社の費用にできないと一律に判断することは適切ではありません。他方で、事前の委任関係がなく、支出目的が不明確で、インボイスや支払証憑も不足している場合には、設立後に書類だけを整えても、損金算入またはVAT控除が認められない可能性があります。
3.2. 設立後に立替費用を返済するための書類
設立前費用が適法かつ十分な証憑に基づき現地法人の費用として認識された場合、現地法人は、出資された資金その他の適法な資金を用いて、実際に立て替えた親会社または個人へ返済することを検討できます。
ただし、返済の根拠を明確にするため、少なくとも次の書類を一つのファイルとして管理することが重要です。
- 会社設立前の費用支払いに関する委任状または社内承認書
- 設立前に締結した契約、注文書、見積書および受領確認書
- 適法なインボイス、領収書その他の会計証憑
- 立替者から供給者への支払いを示す銀行証憑
- 会社設立後に契約および費用を承継・承認する決議または議事録
- 費用明細、会計記録および立替金返済の承認書
- 現地法人から立替者へ返済したことを示す銀行証憑
「費用として計上できること」と「立替者に返済できること」は関連していますが、同じ判断ではありません。誰が、誰のために、どの契約に基づき、いくらを支払ったのかという資金の流れを、書類上も一貫して説明できる状態にしておく必要があります。
3.3. 国外へ返済する場合は、銀行の送金審査が必要です
日本の親会社または外国人の法定代表者が国外から費用を立て替え、設立後にベトナム現地法人が国外へ返済する場合、税務上費用として認識されたことだけでは海外送金を実行できません。
ベトナムの銀行は、外貨管理およびマネーロンダリング防止の観点から、送金目的、送金先、契約関係、支払経路、会計処理および税務書類等を確認します。また、当初の資金がどの口座から、どのような名目で支払われたのか、返済が投資資本、貸付金、立替金またはその他の支払いのいずれに該当するのかによって、必要書類や使用口座が異なる場合があります。
そのため、設立後に送金を申し込んでから書類不足が判明することを避けるためにも、設立前の段階で利用予定銀行に確認し、銀行が求める書類、送金経路および説明方法を整理しておくことが望ましいです。
3.4. 現地法人の費用にしない場合は、日本側の税務も確認します
設立前費用をベトナム現地法人の費用として認識しない場合には、日本の親会社において、その支出を海外投資に関連する設立前費用として処理できるかを検討する必要があります。
ただし、日本側でどのような科目・時期に計上できるか、当期の損金となるのか、投資原価等として資産計上すべきかは、支出の内容、契約当事者、費用の負担主体および日本の税法上の取扱いによって異なります。ベトナム現地法人へ移さないからといって、当然に日本の親会社の損金になるわけではありません。
処理方針と証憑が一致していない場合、日本の税務調査において、海外子会社のための費用をなぜ親会社が負担したのか、投資との関係は何か、現地法人から返済を受けるべき債権ではないか、といった説明を求められる可能性があります。そのため、日本側の会計・税務上の取扱いについても、設立前に日本の税理士等へ確認することが重要です。
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04 - 実務で生じやすいリスク |
設立前契約および設立前費用の処理が十分に設計されていない場合、次のような問題が生じることがあります。
- 会社が設立されず、署名者個人に契約上の支払義務が残る
- 設立後も契約当事者が個人のままとなり、会社への承継が不明確になる
- 支出と事業活動との関係を説明できず、法人所得税上の損金算入が否認される
- インボイス、委任書または非現金決済の要件を満たさず、VAT控除が認められない
- 立替金返済の根拠資料が不足し、銀行が国外送金を受け付けない
- ベトナム側と日本側で費用または債権の認識が一致せず、日本の税務調査で説明が必要になる
これらは、会社設立後に会計担当者だけで処理すれば解決する問題ではありません。設立前に締結する契約、支払い方法、税務証憑、設立後の承認手続および返済方法まで、同じ方針に基づいて準備することが必要です。
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05 - 設立前に確認しておきたいチェックポイント |
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確認項目 |
実務上のポイント |
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契約当事者 |
誰が、どの権限に基づいて署名するかを明確にします。 |
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設立条件 |
ERCを取得できない場合の終了条件と費用負担を定めます。 |
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費用の必要性 |
現地法人の設立・事業活動との関連性を説明できるようにします。 |
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委任関係 |
設立前の支払いについて、書面による委任・承認を準備します。 |
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インボイス・証憑 |
取引内容、発行名義、支払証憑および非現金決済条件を確認します。 |
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設立後の承継 |
契約・費用を承継または承認する社内書類を作成します。 |
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立替金の返済 |
立替者、金額、返済根拠および資金の流れを一致させます。 |
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海外送金 |
利用銀行に必要書類、使用口座および送金名目を事前確認します。 |
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日本側の処理 |
親会社の費用・債権・投資原価等の取扱いを日本の専門家に確認します。 |
まとめ
会社設立前の契約には法的効力があり、会社が設立された場合には、適切な手続を通じて新会社が権利義務を引き継ぐことができます。一方、会社が設立されなかった場合には、署名者や設立参加者に責任が残る可能性があります。
また、会社設立前の費用は、単に「設立後の会社の経費として記録する」という問題ではありません。適法な費用として認識できるか、立替者へ返済できるか、国外へ送金できるか、さらにベトナム現地法人の費用にしない場合に日本側でどのように処理するかまで、一連の流れとして検討する必要があります。
会社設立前から、契約、委任、インボイス、支払い、社内承認、会計処理および銀行送金を同じ方針で整理しておくことが、設立後の負担と不確実性を減らす最も実務的な方法です。
BETOHOでは、ベトナム現地法人の設立手続だけでなく、設立前契約の作成・確認、設立前費用の法的整理、関連証憑の整備および設立後の承継手続について、事業計画と実際の資金の流れを踏まえて支援しています。