ベトナムは再生可能エネルギー分野、特に太陽光発電市場において急成長を遂げており、外資系企業にとっても大きなビジネスチャンスが広がっています。しかし、プロジェクトを成功させるためには、複雑かつ頻繁に改正される法律制度や手続き、投資優遇措置を正確に把握する必要があります。本稿では、最新の法令をもとに、外資規制、進出スキーム、売電価格、PPA交渉、土地取得、環境影響評価、そして投資優遇措置まで、実務的かつ体系的に解説します。
※太陽光発電所プロジェクトは、国家のグリッドに接続するプロジェクトと、屋根設置型太陽光発電プロジェクトの2つに分類されます。本稿では、前者の国家のグリッドに接続する太陽光発電所プロジェクトについて述べます。
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01 - 外資規制と事業スキームの選択肢 |
1.1. ベトナムの太陽光発電事業における外資規制の現状
- 現在、ベトナムでは太陽光発電所プロジェクトに対して外資規制は原則存在しません。外資系企業や外国人投資家は、国内企業と同等に100%出資による法人設立や、現地企業の株式・出資持分取得(M&A)によって発電事業を実施することが可能です。
- ただし、送電・電力系統の運営・国家レベルの調整業務など、一部の分野は国家独占とされており、外資の参入が制限されています。以下は、電力事業における主要な業種別の外資規制の概要です。
区分 |
外資の可否 |
補足 |
発電(太陽光を含む) |
✅ 許可(100%外資可) |
多目的水力発電所、原子力発電所を除く |
送電・電力系統の調整 |
❌ 国家独占 |
EVNおよび国営企業に限定 |
配電 |
✅ 可能(100%外資) |
EVNとの契約が必要 |
卸売・小売 |
△ 部分自由化 |
DPPA制度など段階的に開放中 |
電力分野のコンサルティング |
✅ 完全自由化 |
外資100%可 |
1.2. 投資スキームの選択肢
投資家はプロジェクトの性質や目的に応じて、以下のようなスキームから選択することができます。
① 自社開発型(IPP方式)
└ 外資100%またはベトナム企業との合弁
② M&Aスキーム
└ 発電事業会社の株式・出資持分取得/プロジェクト自体の譲渡受け
③ BCC(事業協力契約)スキーム
└ 法人格を設立せずに契約による出資・収益を分配
④ プロジェクトファイナンススキーム
└ 資産やキャッシュフローに基づく資金調達
⑤ PPP(官民パートナーシップ)方式
└ 国家との共同事業。現時点では太陽光分野では限定的
スキームの選択によって税務・契約構成・法的リスクが大きく異なるため、初期段階での法的レビューが不可欠です。
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02 - 売電価格と電力購入契約(PPA)の最新動向 |
2.1.売電価格の制度概要と移り変わり
ベトナムにおける太陽光発電事業の売電価格(電力購入価格)は、政府がFIT制度(固定価格買取制度)を通じて定めてきましたが、現在は競争メカニズム(DPPA)の導入へとシフトしつつあります。
以下は、これまでに適用された主な価格体系です(いずれもVAT別):
適用条件 |
電力価格(VND/kWh) |
米ドル換算(セント/kWh) |
備考 |
〜2019年6月30日に商業運転開始 |
2,086 VND |
約9.35セント |
国家グリッド接続型のみ |
2019年7月1日〜2020年12月31日に商業運転開始(投資方針承認済) |
下記参照 |
下記参照 |
技術別に設定あり |
技術別の売電価格(2019年11月23日以前の投資方針が条件):
技術区分 |
電力価格(VND/kWh) |
米ドル換算(セント/kWh) |
浮体式太陽光 |
1,783 |
約7.69 |
地上設置型 |
1,644 |
約7.09 |
屋根設置型 |
1,943 |
約8.38 |
※ 適用為替レートは、2017年の公式レート(1USD=22,316VND)に基づいて換算
◆ ニントゥアン省の特別措置
ニントゥアン省では、以下の特別ルールが適用されます:
- 2021年1月1日以前に商業運転開始
- 電力計画に組み込まれたプロジェクトで、累積出力2,000MW以下
→ 売電価格:2,086 VND/kWh(約9.35セント)
◆ DPPA制度の導入と政令80/2024/NĐ-CP
FIT制度の新規適用は基本的に終了しており、2024年7月3日に公布された政令80/2024/NĐ-CPにより、DPPA(直接電力購入契約)制度の法的枠組みが明確化されました。
DPPA制度の主な特徴:
- 発電事業者と大規模需要家(工場など)がEVNを介さずに直接契約可能
- 市場ベースでの電力価格が設定される(交渉次第)
- PPAのスキームはより柔軟、ただし法的リスク管理が重要
- 実務運用は未確定な部分もあり、慎重な対応が求められる
2.2.売電契約(PPA)の交渉と手続き
EVN(ベトナム電力公社)とのPPA交渉は、以下の点に注意が必要です:
- EVNの内部手続きや計画に左右されやすく、交渉期間が長期化する傾向あり(通常8〜12ヶ月)
- 事業者単独で交渉を進めることが困難な場面も多い
- 一般的には、建設・土地取得と並行して交渉を進めることが可能
PPAの標準契約書(モデル契約)は存在しますが、商業的・法的リスクを適切に配分できるよう、個別に修正・交渉が必要です。
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03 - 太陽光発電所書プロジェクトの実施プロセス(新規投資の場合) |
重要な手続きのコメント
3.1.投資関係の手続きについて
① Pre-FS(Pre- Feasibility Study)の作成、プロジェクト提案の承認
太陽光発電所プロジェクトを実施するには、まずプロジェクトの事前実現可能性調査(Pre-FS)の作成が必要です。これに基づき、投資方針の承認を申請するためのプロジェクト提案書を作成し、地方自治体や国会、政府などに提出します(プロジェクトの規模によって、提出先が異なります)。
【プロジェクトの提案の承認について】
プロジェクト提案のプロセスは、地方自治体や国会、政府(プロジェクトの規模によって、承認される権限機関が異なります)に対して投資意図を示し、プロジェクトの投資方針の承認を得るためのプロセスです。この段階では、外国投資家や外資系企業(以下、「事業者」という)はプロジェクト提案書(事前実現可能性報告書や土地利用の提案書を含む)を提出し、プロジェクトを実施するための財務能力、経験、技術力等を証明する書類を当局機関に提出する必要があります。
※提案の内容や地域のルールに応じて、事業者は地方自治体や関係機関に対して、プロジェクトの提案に関するプレゼンテーションを行い、提案や能力について説明する必要がある場合もあります。
② 発電開発に関する計画・企画への反映、又は発電開発に関する計画・企画との適合性の確認
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- 電力分野に関する計画は、。(1)国家電力発展計画(現在の有効な計画は第8次電力計画)と(2)地方電力発展計画という2つに分けられます。すべての発電プロジェクトは、この計画に適合していなければなりません。計画に組み込まれていない場合は、計画への反映手続きを行う必要があります。
- 原則として、大規模電源(出力が50MWを超える発電所)は国家電力発展計画に含まれ、中・小規模電源(出力が50MW以下の発電所)は地方電力発展計画に含まれます。
- 事業者は、ベトナムでの太陽光発電所プロジェクトに投資する前に、必ず2021年~2030年の期間、および2050年までのビジョンに関する第8次電力計画での電源構成の方向性と国家送電網の計画を確認し、それに適切な提案を策定する必要があります。
- 国家電力計画への反映は、エネルギー総局にて、申請書類を審査し、商工省の大臣を通じて首相に報告、承認されます。また、地方電力計画への反映は、各省の人民委員会を通じて行われます。
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※しかし、いずれの手続きでも、商工省の承認を得る必要がありますので、各省の人民委員会の窓口で対応する地方電力計画への反映でも、商工省との協議・調整が必要です。
電力発展計画の反映には、電力需要、送電網への影響、接続方法などといった様々な場面を判断する必要がありますので、非常に時間がかかります。通常、この手続きには、地方レベルで6~8ヶ月、国家レベルで10~12ヶ月が必要です。
③ 投資方針承認手続きについて
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- プロジェクトの規模に応じて、投資方針を決定する機関は、(1)国会、(2)首相、(3)地方/市の人民委員会の3つのレベルに分かれます。太陽光発電に関連するプロジェクトで、国から土地や水面の提供や賃貸を求める場合、地方/市の人民委員会から投資方針の承認を得る必要があります。
- また、産業団地、輸出加工区、高度技術区、経済特区で行われる投資プロジェクトが、既に認可された計画に適合している場合は、これらの区を管轄する管理委員会が投資方針を承認します。
- プロジェクト全体の手続きの中で、投資方針の承認を得ることが最も重要です。投資方針の承認を得ることは、他の手続きを進めるための前提条件となります。通常、投資方針の承認プロセスは5〜6ヶ月かかります。その中でも、金融能力の証明(銀行や金融機関からの保証確認)がかなりの時間を要し、2~3ヶ月程度かかることがあります(事業者の能力に依存します)。
- ※ただし、火力発電やガス発電プロジェクトとは異なり、太陽光発電プロジェクトは資金を調達する時、政府による保証を必要としないため、資金調達がより容易に行えます。
- 投資方針の承認を受けた後、事業者は投資登録証明書(IRC)を取得し、プロジェクトを実施するための企業を設立します。このプロセスには約1ヶ月かかります。
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3.2.土地関係の手続きについて
① プロジェクトを実施するための土地や水面を取得するために、事業者は、国家から土地や水面の割り当てや賃貸を受けるか、または土地や水面の使用権を持つ事業者から譲渡を受けてプロジェクトを実施することができます。
※土地や水面の使用権を譲れ受て、プロジェクトを実施する場合、土地や水面の割り当て・賃貸の申請手続きや、補償・用地解放を行う必要はなく、その代わりに土地や水面の使用目的の変更(必要である場合)と、土地使用権登録証明書や水面の使用許可証の情報変更等を行います。
② 国家から土地や水面の割り当て・賃貸を受ける場合、まず、人民委員会から土地使用権の使用ニーズに関する承認を得る必要があります。投資方針の承認を受けた後、事業者は人民委員会に所属する計画投資局と土地を収用するためのデポジット契約を締結します。2020年投資法の規定によれば、デポジットの額は投資プロジェクトの投資資本の1%~3%です。2021年3月26日付けの政令第31/2021/NĐ-CPの規定によれば、デポジット率は以下のように適用されます。
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- 資本金が3,000億ドンまでの部分については、デポジット率は3%
- 資本金が3,000億ドンを超え1兆ドンまでの部分については、デポジット率は2%
- 資本金が1兆ドンを超える部分については、デポジット率は1%
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③ 太陽光発電の投資プロジェクトについては、2021年3月26日付けの政令第31/2021/NĐ-CPの規定により、特別な投資優遇分野に属するため、デポジット金額が50%減額されます。
④ デポジット手続きが完了した後、事業者は、資源環境局と協力して、土地収用、補償、用地解放の決定を取得し、補償および用地解放のプロセスを実施します。補償および用地解放の単価は、人民委員会の土地収用、補償、用地解放の決定に従って行われます。
※しかし、この公式の単価に加えて、通常、事業者は土地を収用される住民と交渉し、収用時点の市場価格と同等の土地価値が維持されるよう、個別の支援策を設ける必要があります。
3.3.建設関係の手続きについて
① 建設を伴うプロジェクトは、プロジェクトの規模、性質、プロジェクトにおいて建設される構造物の種類等によって、国家レベルのプロジェクト、Aレベル、Bレベル、Cレベルに分けられています。
例えば、Aレベルのプロジェクトに該当する場合には、投資方針に関する承認決定を申請する前に、Pre‐FSにおける基本設計の承認を得る必要があります。承認を行う管轄機関は、省レベルの人民委員会に所属する建築局となります。
② 太陽光発電プロジェクトは建設投資プロジェクトに該当するため、プロジェクト実施時には建設法の規定に従う必要があります。その中でも特に、環境影響評価に関する専門的な手続きを遵守する必要があります。2020年環境保護法の規定によると、太陽光発電所プロジェクトは環境影響の予備評価と環境影響評価報告書を作成する必要である場合があります(プロジェクトの規模によります)
環境影響評価報告書の作成および審査の手続きは、特にプロジェクト実施場所での観測データ収集に時間がかかります。通常、報告書が完成してから承認されるまでに約3〜5ヶ月の時間がかかります。
. 3.4. 売電関係の手続きについて
PPA(電力購入契約)の交渉プロセスは、EVN(ベトナム電力会社)の計画やスケジュール等に大きく依存しており、事業者がPPA交渉のプロセスを積極的に推進するのは難しいです。しかし、PPAに関する交渉や合意の取得は、建設や土地に関する手続きと並行して進めることが可能です。通常、PPAに関する交渉と合意のプロセスには、約8〜12ヶ月かかります。
PPAの交渉手続きについては、【ベトナム電力会社(EVN)との売電契約関係の手続きについて】をご参考ください。
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04 - 太陽光発電プロジェクトへの投資における優遇措置 |
再生可能エネルギー事業は、2020年投資法第16条に基づき、投資優遇分野に指定されています。事業者は、自ら投資優遇措置を特定し、それに基づき、申請しますと、これらは投資方針決定書、投資登録証明書、または税務・財務・税関機関による個別文書で認められます。
2021年3月26日付けの政令31/2021/NĐ-CPに基づき、再生可能エネルギーの生産は特別に優遇される投資分野に分類され、事業者は以下の具体的な優遇措置を受けることができます。
4.1.デポジットの優遇措置
前述のとおり、デポジット金額の減額(50%の減額)を適用されます。
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4.2. 税制
- プロジェクトの固定資産を構築するために輸入される物品について輸入税を免除されます。また国内で製造されていない原材料、資材、部品の輸入についても、生産開始から5年間の間に、輸入税が免除されます。
- 新規投資プロジェクトによる企業所得税について、優遇税率10%を15年間適用されます。また、最初の4年間は免税、その後9年間は50%の減税が適用されます。
4.3.土地/水面の賃貸料
- 権限のある機関が承認したプロジェクトに基づく基本建設期間中、土地・水面の賃貸料を免除されます。ただし、土地・水面賃貸の決定日から最長3年間までです。
- 投資優遇分野に該当するプロジェクトについて、基本建設期間終了後も3年間の土地賃貸料を免除されます。
- 経済的に困難な地域に投資されたプロジェクトについて、7年間の土地賃貸料を免除されます。
- 特に経済的に困難な地域に投資されたプロジェクトや、特別優遇分野に該当するプロジェクトについて、11年間の土地賃貸料を免除されます。
- 特に経済的に困難な地域に投資されたプロジェクトで特別優遇分野に該当する場合、15年間の土地賃貸料を免除されます。
(一般的に、太陽光発電プロジェクトの投資には、基本建設期間後3年間の土地賃貸料免除が適用されます。)
注記:
太陽光発電プロジェクトの投資規模が30兆ドン以上であり、投資登録証明書または投資方針承認日から3年以内に最低10兆ドンを出資・支出した場合、2021年10月6日付けの決定29/2021/QĐ-TTgに基づき、特別な投資優遇措置が適用されます。具体的には、以下の通りになります。
税制:
- 企業所得税の優遇税率は9%、適用期間は30年となります。5年間の免税、次の10年間は50%の減税が適用されます。
土地/水面の賃貸料:
- 土地・水面の賃貸料が18年間免除され、残りの期間については55%減額されます。
✅結論・まとめ ベトナムの太陽光発電プロジェクトへの投資は、規制の枠組みが整備されつつある一方で、依然として地域当局との調整や書類審査に多くの時間と労力を要します。投資スキームや契約形態の選択を誤ると、プロジェクトの遅延やコストの増大を招く可能性もあります。 2024年7月に施行されたNĐ-CP第80/2024号により、DPPA(直接電力購入契約)の制度的枠組みが整い、外資にとって魅力的な選択肢となっていますが、実務運用面では引き続き注視が必要です。 プロジェクトの法的安定性・透明性を確保するためにも、現地の専門家・法律事務所との連携を強化しながら、スキーム設計段階からの法的レビューをおすすめします。 |