|
01 - 判決の概要 |
1.1. 事件の背景
ホーチミン市ビンタイン区在住のH氏は、2008年にD有限責任会社と無期労働契約を締結し、財務部長として勤務を開始しました。当初の月給は8000万VND以上であったが、その後、経理部長の役職にも任命され、長年の勤務を経て、最終的に月給は約2億VNDに達しました。
しかし、2020年5月12日、H氏は会社から労働契約の終了手続きを進めるとの通知を受けました。その2日後の5月14日には、会社が業務見直しを行うとして、5月15日から次の通知があるまでの間、給与を全額支給する形で休職するよう求められました。その後、H氏は会社への立ち入りや他の従業員との接触を禁止され、社内システムへのアクセス権も無効化されました。
2020年9月10日、会社は「組織再編」を理由にH氏の労働契約を正式に終了する決定を下しました。H氏は異議を申し立てましたが、会社側はこれを受け入れませんでした。
1.2. 当事者の主張
- 原告(H氏):
- 会社の組織再編が法律に適合していないと主張。経理部長のポジションは依然として存在し、会社は税務システム上で新たな経理部長を登録していた。
- そのため、以下の要求を掲げて会社を提訴:
- 一方的な労働契約終了決定の無効化
- 会社への復職
- 給与、賞与、年次有給休暇分の未払い賃金、損害賠償として総額 80億VND超 の支払い
- 被告(D有限責任会社):
- 労働契約の終了は法令に従って適正に行われたと主張。
- 退職に関する金銭的な義務はすべて履行済みであると反論。
1.3. 審理の経過
- 第一審(2023年9月 - ホーチミン市10区人民裁判所)
- 原告の請求を全て棄却。
- 会社の労働契約終了手続きは適法であると認定。
- H氏はこの判決を不服とし、全面的に控訴。
- 控訴審(ホーチミン市人民裁判所)
- 会社の人員再配置計画はH氏に対し一方的かつ主観的であり、合理性を欠くと認定。
- 「組織再編」を理由とした労働契約終了は不当であり、法令違反に該当すると判断。
- 第一審の判決は、事案の本質を十分に検討していないと指摘。
その結果、控訴審では H氏の請求を全面的に認め、会社に対し90億VND超の支払いを命じました。
|
02 - 判決の分析 |
日本の労働基準法と同様に、ベトナム労働法も、使用者が一方的に労働契約を解除したり、従業員を解雇したりする場合について厳格な規定を設けています。しかし、この規定は、企業が労働関係を維持したくない、または維持できない場合において、特に高額な報酬を受ける重要なポジションの従業員に対して、大きな障害または負担となることがあります。このような場合、多くの企業は「組織再編」による労働契約終了の規定を活用しようとします。しかし、これを形式的に適用し、実質的には解雇の手段として利用することは、重大なリスクを伴います。
以下では、本件判決を通じて、「組織再編による労働契約終了」 に関する重要なポイントを解説します。
2.1. 組織再編の必要性の証明可能性
企業が組織再編を理由に労働契約を終了する場合、その必要性を明確に証明する必要があります。例えば:
- 経営状況の悪化による事業縮小
- 企業の合併・統合・分割
- 技術革新や市場変化に伴う事業再編
企業が合理的な理由なしに組織再編を主張し、実質的には不要な解雇を行う場合、裁判所はその適法性を認めない可能性が高いです。
2.2. 組織再編の内容を明確かつ透明にすること
組織再編の実態は、客観的で明確な基準に基づく必要があります。不透明なプロセスや曖昧な理由又は実態のない組織再編の場合では、労働者側から異議を唱えられるリスクが高いです。
以下のようなケースは、組織再編を偽装した違法な労働契約終了 に該当する可能性があります。
- 部門を廃止し、その後、同じ機能・業務を持つ新たな部門を設立する
- 例えば、A部門を解散し、従業員を解雇した後、ほぼ同じ業務内容でB部門を新設するケース。
- 経営難を理由に労働コスト削減を主張するが、財務データがそれを示していない
- 会社が「経営状況の悪化」を理由に人員整理を行う場合、財務・人事データを基にその正当性を証明する必要があります。
- 解雇後、類似の職務で新たな従業員を募集すること
- 企業が「組織再編」を理由に労働者を解雇した後、類似の職務内容の求人を出すことは、労働契約終了の正当性に疑念を生じさせます。
2.3. 組織再編時の解雇に伴う使用者の義務の実施
ベトナム労働法では、組織再編に伴う解雇時の補償義務 を以下のように規定しています。
① 解雇補償金の支払い
- 企業は、12か月以上継続して雇用していた労働者 に対し、1年ごとに1か月分の給与(最低でも2か月分の給与)を補償する義務がある(労働法第34条第11項)。
② 労働期間の計算
- 解雇補償金の計算には、以下の期間が考慮されます。
- 実際に企業で勤務した期間
- 失業保険加入期間を差し引いた期間
- 退職補償金が既に支払われた期間を除外
③ 給与の基準
- 解雇補償金の計算に使用する給与は、解雇前直近6か月間の平均給与 を基準とします。
2.4. 組織再編による労働契約終了の手続き
組織再編に伴う労働契約の終了には、以下の手続きが必要です。
① 第1回目の協議(労働者代表との協議)
- 企業は組織再編の計画を策定し、それに基づき労働者代表と協議 を行う。
- 労働法第46条に基づき、労働者代表は事前に労働者の意見を収集し、書面で企業側に提出する必要があります。
② 労働者への通知(15日以内)
- 企業は、協議の結果を基に作成した労働力活用計画 を労働者に公表し、通知します。
③ 第2回目の協議(解雇手続きについての協議)
- 企業は、労働者代表と解雇対象者の選定基準や条件について協議します。
④ 解雇通知(30日前)
- 企業は、解雇実施の30日前までに、地方人民委員会および労働者本人に通知 しなければなりません。
⑤ 解雇決定の発行と補償の支払い
- 個別の解雇通知を発行し、労働者に直接通知します。
- 補償金の支払い、退職手続きを終了します。
|
03 - 判決に関連するその他の情報 |
3.1.組織再編の方針を助言した法律事務所を提訴
労働事件で勝訴した後、H氏はさらに法律事務所Bを提訴しました。法律事務所Bは、グローバルの大手な法律事務所(外国系法律事務所)であり、H氏との雇用関係の整理について、D社の代理弁護士です。
H氏の主張は以下の通りです。
- 法律事務所Bの2名の職員(弁護士)が、適法な代理権なしに調査を実施し、H氏のコンピューターや携帯電話を押収しました。
- 弁護士資格を持たない職員がD社の労務方針に関する法律助言を行いました。
- 法律事務所Bの2名の弁護士が、D社の代理人として労働訴訟の裁判に参加しましたが、これは外国法律事務所の業務範囲を超える違法行為に該当します。
この訴訟において、H氏は法律事務所Bに対し、公に謝罪し、弁護士業務の範囲外の活動により自身の合法的な権利と利益を損害したことを認めるよう求めました。さらに、精神的損害賠償として1800万VNDの支払いを要求しました。
企業および法律サービス提供者の習いこと 企業が法律サービスを利用する際には、法律事務所や弁護士の業務範囲、資格、責任を適切に確認することが不可欠です。ベトナムの弁護士法 では、以下のような規制があります。
また、現在、法律事務所以外にも、コンサルティング会社や会計事務所が行政手続きの代行、契約法務、労務相談などの法律サービスを提供しているケースが少なくないです。しかし、これらの業務を提供するには、正式な法律事務所としての登録が必要であり、資格のない者が法律業務を行うことは違法となる可能性があります。 |
3.2. 社の法定代理人の出国禁止措置
H氏が労働訴訟に勝訴した後、2024年7月3日、ホーチミン市10区民事執行局は、H氏の申し立てに基づき、D社に対する判決の強制執行を開始する決定を下しました。
この決定により、D社はH氏に対して90億VND以上の支払いを履行する責任を負うこととなりました。
さらに、2024年7月4日、民事執行局はD社の法定代理人2名に対して出国禁止措置を決定しました。
このように、企業が裁判で敗訴した場合、判決による金銭的な責任だけでなく、経営陣の出国が制限される可能性があります。特に、企業の代表者が海外出張を頻繁に行う場合、このような制限措置は企業の通常業務に大きな影響を及ぼします。 |
まとめ
今回の判決は、ベトナムにおける不当解雇のリスクと企業の対応策について重要な示唆を与えています。「組織再編」を理由に労働契約を終了する場合、企業はその必要性を客観的かつ明確に証明しなければならず、単なる解雇の手段として利用すると裁判で敗訴するリスクが高まります。また、本件では、外国法律事務所がベトナム法に違反して労働問題を扱ったことも問題となり、法律サービスの提供者の適法性を確認することの重要性も浮き彫りになりました。
さらに、敗訴した企業の法定代理人が出国禁止措置を受ける可能性があることも、本判決の注目すべきポイントです。ベトナムでの労務管理において、法的リスクを適切に把握し、適法な手続きを経ることが企業経営の安定につながります。今後、ベトナムで事業を展開する企業は、労働契約の終了に関する法律の遵守と、適切なリーガルアドバイザーの選定をより慎重に行う必要があります。