国際貿易がますます発展する現代において、国際的な物品売買契約(異なる国に所在する商人間の売買取引)は、かつてないほど活発になっています。しかしながら、売主・買主の中には、契約の重要性を十分に認識せず、信頼関係だけに依拠した取引や、契約書作成・締結に関する法務コスト削減を優先するケースが少なくありません。その結果、契約違反が発生した際の対応や紛争処理において、深刻なリスクや損失を招く事例が多く見受けられます。
弊所弁護士法人ベトホ(ハノイ・ダナン・ホーチミンに拠点を有するベトナムの法律事務所)は、これまでに日越間の様々な商品の国際売買契約について、数百件に及ぶ契約書の作成・レビューを支援してまいりました。また、これらの契約に関連して発生した紛争の交渉、仲裁、裁判手続についても、多くの案件を代理・サポートしてきた実績があります。
本記事では、当法人の豊富な実務経験を踏まえ、日本企業とベトナム企業の間で国際物品売買契約を締結する際の実務上の留意点を解説いたします。この実務的な視点が、皆様のベトナム企業との取引におけるリスク軽減に少しでも役立つことを願っております。
|
01 - 国際物品売買契約における典型的な紛争事例 |
紛争類型 |
内容 |
売主による引渡義務違反 |
売主が契約条件に適合しない商品を引き渡す、数量不足、納期遅延、必要な書類を添付しないなど、契約上の引渡義務に違反するケース。 |
売主による保証義務違反 |
引渡後における商品の保証義務を履行しない事例。 |
商品の品質・潜在的瑕疵 |
受領検査期間中には発見されなかった欠陥が使用中に発生し、売主が保証・代替品引渡・損害賠償を拒否するケース。 |
買主による支払義務違反 |
買主が代金を支払わない、支払額不足、または支払遅延を行うケース |
損害賠償範囲の不一致 |
義務違反を認めても、契約に明確な規定がないため、損害賠償または違約金の範囲や金額について当事者間で合意できない事例。 |
所有権移転時期に関する紛争 |
輸送中に商品が紛失・損傷し、所有権移転時期が契約で定められていないため、どちらがリスクを負担すべきか特定できない事例。 |
|
02 - 取引先の信用調査の重要性 |
売主・買主のいずれの場合でも、取引先の信用調査は極めて重要です。当法人では、契約リスクを最小限に抑えるため、以下の観点から取引先をスコアリング(評価)することを推奨いたします。
- 法的地位の確認:法人格を有し、法的に有効な事業主体であるかを確認します。
- 財務状況の把握:財務諸表や監査報告書などを通じて資本力・収益性・債務状況を確認します。
- 義務違反歴の確認:過去の取引先や業界関係者から、契約違反や債務不履行等の事例がないかを調査します。
- 業務遂行能力・経験の評価:注文への対応力、生産能力、業界での実績を確認し、契約履行可能性を評価します。
このような信用調査を事前に行うことで、契約履行上のトラブル発生を大幅に減らし、取引の安全性を高めることができます。
|
03 - 国際物品売買契約に適用される法的枠組みの確認 |
ベトナムと日本はいずれも国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)の締約国であるため、原則として、日越間の物品売買契約にはCISGが適用されます。
もっとも、当事者は契約条項において、CISGの全部または一部の適用を排除することが可能です。したがって、契約締結時には、CISGの適用範囲について明確に合意しておくことが重要です。
また、CISGに加えて、契約履行地における国内法も契約に影響します。そのため、契約内容が取引相手国(相手方当事者の国籍国)の強行法規や基本原則に抵触しないかを事前に確認する必要があります。特に、契約条項が相手国の商法・民法・消費者保護法などに違反していないかを検証することは、将来の紛争回避に直結します。
|
04 - 契約書の形式と電子署名の活用 |
- 国際物品売買契約は、必ずしも書面で作成する必要はなく、口頭での合意によっても成立します。
しかし、紛争が発生した場合、口頭での約束や合意事項は当事者間で否認される可能性が高く、証拠としての立証が困難です。そのため、当法人では、契約は必ず書面で締結することを強く推奨いたします。 - また、ベトナム法は電子署名を有効な署名方法として認めています。これにより、物理的な署名や押印を行わなくても、電子契約システムを利用して遠隔地間で契約を締結することが可能です。電子署名の法的効力や運用上の注意点については、以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご参照ください。
2023年改正ベトナム電子取引法:PDF契約・電子署名の法的効力と実務対応ガイド
電子契約と電子署名を適切に活用することで、契約締結の迅速化・コスト削減・証拠力確保を同時に実現できます。特に国際取引では、物理的距離や時差の影響を最小限に抑え、契約実務の効率化につながります。
|
05 - 品質に関する規定の明確化 |
国際物品売買契約において、品質に関する紛争は極めて発生頻度が高い分野です。そのため、契約書には以下の事項を詳細に規定し、または明確な規格・基準を引用することが重要です。
- 商品特定の明確化:対象商品、型式、数量、規格、等級などを具体的に記載し、曖昧さを排除します。
- 校正・品質検定の事前実施:引渡前に校正(キャリブレーション)や品質検定が必要な場合、その実施方法、責任者、費用負担を契約で定めます。
- ベトナム輸入規制の事前確認:一部の商品群については、ベトナム国内での流通前に技術基準適合認証(CRマーク)や適合評価が義務付けられています。これらの手続きを事前に確認・実施し、輸入計画への影響を回避する必要があります。
- 品質証明書の取得:売主に対し、商品品質に関するすべての証明書・検査報告書の提供義務を課します。
- 検査方法と基準の明確化:出荷前検査(Pre-shipment Inspection)、ベトナム港での検査、AQL基準等を契約書に明記し、参照規格(ASTM/ISO/ENなど)を特定します。証拠資料として、COC(適合証明書)や第三者検査報告書(SGS/BV/Intertek等)を明示します。
- 潜在的瑕疵(Latent Defects)の対応:外観検査では発見できない瑕疵への対応を別途規定し、クレーム期限を保証期間とは別に設定します。さらに、サンプリング方法・鑑定手順や、再鑑定時の費用負担(初回と結果が異なる場合の費用分担)も定めるべきです。
このように、品質に関する規定を契約段階で明確にしておくことは、紛争予防の最も有効な手段です。特に日本企業がベトナム企業と取引する場合、国際規格とベトナム国内基準の双方を考慮し、実務上の検査体制を構築することが望まれます。
|
06 - 支払条件と外国為替管理の遵守 |
ベトナム企業との輸出入取引においては、外国為替管理規制を厳格に遵守する必要があります。契約締結時には以下の事項を明確化することが重要です。
- 銀行送金の義務:ベトナムの法律では、輸出入取引に関する全ての支払いは、ベトナム国内で認可を受けた銀行を経由した送金で行わなければなりません(ごく限られた例外を除く)。現金決済や銀行システム外での決済は、外為法違反となるリスクがあります。
- 支払通貨と為替レート:契約では外国通貨(USD, JPYなど)での支払いを定めることが可能ですが、ベトナムでの実行時には外為管理規制に従う必要があります。為替換算レート、適用日、銀行手数料の負担区分を契約に明記することを推奨します。
- 貿易金融・L/C・延払取引の留意点:2024年7月以降、輸入契約や信用状(L/C)の決済に関連する外国借入規制が変更されました。海外からの借入による輸入代金の支払い、L/C開設・利用に関しては、最新の外為管理規則を確認し、必要な届出・承認手続きを確実に行う必要があります。
このように、国際送金の合法性と外為管理の適合性を契約段階から担保することは、決済トラブルや法令違反の防止に直結します。特に日本企業がベトナム企業と取引する際は、銀行ルートの明確化と外貨規制遵守を最優先事項として検討すべきです。
|
07 - 税務・通関・輸入書類の管理 |
ベトナムへの輸入取引においては、税関手続・税務義務・書類管理を正確に行うことが、輸入税リスクの回避および通関遅延防止に不可欠です。以下の事項を契約段階から明確化することを推奨します。
- 税関申告およびインボイス価額の申告
ベトナム税関法に基づき、契約書(Sales Contract)、インボイス(Invoice)、パッキングリスト(Packing List)、船荷証券(B/L)、原産地証明書(C/O)などの輸入関連書類は、品目・仕様・数量を一貫して記載する必要があります。書類間の不一致は、課税額の調整や通関遅延、罰則リスクを招く可能性があります。 - C/Oと原産地規則の遵守
原産地証明書(C/O)の取得および提出は、FTA(自由貿易協定)の関税優遇を受けるために不可欠です。C/O発行条件や原産地規則は各FTAおよびベトナム国内法に基づいて厳格に適用されますので、事前に条件を確認し、適正に取得・管理することが重要です。 - 外国契約者税(FCT)への対応
ベトナムで外国企業が契約を履行する場合、**外国契約者税(Foreign Contractor Tax, FCT)**の課税対象となる可能性があります。契約締結前に税理士または弁護士へ相談し、FCTの課税有無・税率・納税義務者(売主か買主か)、および申告・納税の手続を明確にしておく必要があります。
これらの税務・通関・輸入書類に関する取り決めを契約書に明記し、実務で徹底することで、税務リスクの低減、輸入コストの最適化、通関の円滑化が期待できます。
|
08 - 貿易救済措置および政策リスクへの対応 |
国際取引契約においては、輸出国や輸入国の政策変更や貿易救済措置が契約履行に重大な影響を与える可能性があります。そのため、契約書には以下のような政策リスク条項や貿易救済措置対応条項を明確に盛り込み、将来的な不確実性に備えることが重要です。
契約条項では、以下の措置を認めることが望ましいです:
- 契約価格の調整
- 納期の延長
- 取引条件の変更
- 罰金や損害賠償なしでの契約解除
これにより、法律や政策の変更が取引条件に影響を及ぼした場合でも、契約当事者が柔軟に対応できる仕組みを確保します。
契約条項例 |
第X条(法令変更および貿易救済措置) このような条項を設けることで、アンチダンピング措置・セーフガード発動・輸出入税率改定など、政策変更による契約リスクを最小限に抑えることが可能になります。 |
|
09 - 準拠法および紛争解決条項 |
国際売買契約における準拠法と紛争解決機関は、当事者間で自由に合意することができます。準拠法は、売主国または買主国の法律、あるいは第三国の法律を選択することが可能です。
紛争解決機関については、裁判所または仲裁機関のいずれかを選択できます。ただし、外国裁判所の判決をベトナム国内で強制執行するためには、国際条約または相互承認の原則が必要となります。そのため、判決の執行地がベトナムである場合には、外国裁判所を紛争解決機関として選択することは避けたほうが望ましいです。
さらに、国際取引における裁判所の専門性や実務経験を踏まえると、仲裁を紛争解決機関として選択することが推奨されます。仲裁は、手続きの柔軟性、専門性の高い仲裁人による審理、国際的な仲裁判断の承認・執行の容易さ(ニューヨーク条約等)といったメリットがあります。