|
01 - 背景と認識の重要性 |
ベトナムにおいて、土地利用目的の変更(土地の種類を変更すること。例えば、住宅用地から事業用地からへの変更)は、投資プロセスの中でも法的リスクが高い分野の一つです。近年、政府監査機関である政府監査総局は、2011年‒2019年における土地利用目的の転換について広範な監査を行い、主要な都市部での大きな不動産開発プロジェクトにおいて多くの法令違反が存在することを明らかにしました。
2024年9月27日付の政府監査総局による監査結果(文書番号359/KT-TTCP)では、複数の重大な違反が指摘され、刑事事件としての捜査が必要と判断された案件については警察当局への通報もあります。
現在、ベトナムにおける不動産案件のM&A(企業買収・合併)や、プロジェクト、土地使用権の取得を検討する外国人投資家にとって、こうした違反行為を事前に把握することは極めて重要です。これにより、投資後に生じ得る財務的損失を防ぎ、投資家の権益を法的に確保することが可能になります。 |
|
02 - ベトナムにおける土地使用目的の変更に関する代表的な違反行為 |
近年の政府監査報告に基づくと、土地使用目的の変更プロセスにおいて、以下のような代表的な法令違反行為が多数確認されております。これらは将来的にプロジェクトの撤回、財務リスク、刑事責任などに発展する可能性があり、不動産プロジェクトの取得・開発を検討する投資家にとって重大なリスク要因となります。
(1)土地価格の不正な設定
土地使用目的の変更時に適用される土地使用料の価格が不正に低く設定されるケースが頻発しています。これは、実勢価格を下回る価格での承認や、プロジェクト期間の意図的延長によって土地使用料を圧縮する行為などが含まれます。
📌 事例:
- ハノイ市では、土地使用料が上位機関の承認額よりも575億VND低く設定され、国家財政に損失を与えました。
- ビンズオン省では、プロジェクト期間を3年から5年に延長したことで、14.8億VNDもの使用料が削減されました。
➡️ 国家予算の損失、価格承認決定の無効化、関係者の行政・刑事責任の追及リスクが発生します。
(2)財務義務の不履行または遅延
多くの企業が、土地使用目的の変更に伴う土地使用料、賃料、税金、各種手数料の納付を遅延または怠る事例が報告されています。
📌 事例:
ビンズオン省において、ある開発企業が6万4,000㎡超の土地を取得したにもかかわらず、土地使用料等の法的義務を果たさないまま事業を進行。
➡️ 土地証明書(LURC)の発行が保留され、延滞金・罰金・土地の回収リスクが発生します。
(3) 手続・書類面での違反行為
土地使用目的の変更に際して、適切な手続きを経ずに承認を受ける違反が多く見られます。地方政府が権限を超えて土地用途変更を認可したり、都市計画と整合しない承認を行った事例も存在します。
📌 事例:
- ホーチミン市では、都市副主席が権限外で土地用途変更を承認。
- ハノイ市では、首相の承認に反し、14,000㎡以上の土地を住宅用途に転換し、312戸を不正使用(短期賃貸・分譲)しました。
➡️ その後の土地評価や許認可も連鎖的に違法となるため、プロジェクト自体が無効になる恐れがあります。
(4)公開入札・競売の未実施
ベトナム土地法では、土地の譲渡・賃貸に際して競売・入札が原則義務となっておりますが、現実には多くのプロジェクトで競売を省略して国有地が私企業に直接譲渡されている実態があります。
📌 事例:
- ハノイ市では、Nguyen Trai通りの23,380㎡の土地が競売・補償なく住宅開発用として企業に直接譲渡。
- ビンズオン省では、64,000㎡超の土地が競売を経ずに分譲住宅用地として譲渡され、約2,200億VNDの国家損失リスクが指摘されています。
➡️ 透明性の欠如と財政的損失につながり、行政手続の再検討や契約無効のリスクを伴います。
(5)違法な資金調達・事前販売
プロジェクトの法的条件が未整備の段階で、顧客やパートナーから違法に資金を集める行為(俗に言う“青田売り”)も多く見られます。
📌 事例:
- ビンズオン省にて、土地使用料未納・法的許認可未取得の企業が土地区画販売契約を締結。
- あるプロジェクトでは、土地所有権すら取得していない段階で資金調達を実施。収入は帳簿に記載されず、会計法違反の上、詐欺罪構成の可能性があると結論されました。
➡️ 被害者の発生、契約の無効、企業の刑事責任など、深刻な法的問題に発展します。
土地使用目的の変更をめぐる違反行為は、行政・財務・刑事の各側面にわたる重大な法的リスクを引き起こします。これらの行為はしばしばプロジェクト全体の正当性に影響を及ぼすため、プロジェクト買収やM&Aを検討する外国投資家にとっては、事前の法的調査とリスク分析が不可欠です。 |
|
03 - 想定される法的リスクとその影響 |
ベトナムの不動産開発において、土地法違反や許認可手続の不備 があった場合、その影響は極めて深刻であり、新たにプロジェクトを買収した善意の投資家にも法的責任や損害が波及する可能性 がございます。以下に、代表的な法的リスクとその結果について整理いたします。
(1)土地の回収・プロジェクトの取消しリスク
ベトナム土地法に基づき、違法な土地利用目的の変更 や、不適切な土地交付(例:競売を経ずに土地が交付されたケース) に対しては、補償なしでの土地回収が可能 です。
たとえば、正規の手続きを経ていないプロジェクトが過去に違法に土地を取得していた場合、その土地交付決定は後に取り消され、当該プロジェクト全体が撤回されるリスク があります。
その結果、新たにプロジェクトを買収した外国投資家であっても、土地使用権を喪失し、投資した資金を回収できない事態 に陥る可能性がございます。
(2)行政罰および刑事責任の追及
正式な土地手続を経ずにプロジェクトを運営した場合、行政制裁(罰金、事業停止、追加納税命令等)を受けることがあり、違反の重大性によっては刑事責任が追及される可能性もございます。
実際に、政府監査機関が違反案件を公安省に移送し、刑事捜査の対象となるケース も発生しております(例:違法な不動産販売における詐欺罪等)。
(3)財務的義務の是正と損害賠償
違反企業は、以下のような形での損害是正措置 を命じられる場合があります:
- 不足していた土地使用料の追加納付(ペナルティ込み)
- 国に対して発生した損失の返還(例:不正な優遇措置による差額)
- 違法に締結された売買・出資契約の無効と顧客への返金+利息支払い
- 欠けていた法的手続の補完(例:競売のやり直し、土地目的の正当化)
これにより、プロジェクトの進行が長期化し、資金繰りや事業計画に大きな影響を与える リスクがあります。
(4) 財務・レピュテーション(評判)リスク
プロジェクトを買収した外国投資家にとって、上記の法的トラブルは、追加コスト(追納金、罰金、損害賠償)や投資額の毀損リスク を意味します。
さらに、事業の中断や撤回により、ビジネスプランの崩壊・市場機会の逸失が発生 し、深刻な経済的損失を被る可能性があります。また、法令違反に関わるプロジェクトに投資したという事実が、投資家の対外的信用・企業イメージに悪影響 を及ぼすリスクも見過ごせません。法律問題の対応に追われることで、本来の経営リソースが削がれるという間接的損害 にもつながります。
土地法違反は「過去の問題」ではなく、現在の投資家リスクにも直結 ベトナムでは、土地使用目的の変更や取得方法の違反は、長期間にわたり法的影響を残す可能性 があり、プロジェクトを途中から取得した新規投資家にも重い責任が波及する場合 があります。 したがって、プロジェクト取得前には、土地の取得経緯・使用履歴・規制遵守状況を徹底的に調査すること(デューデリジェンス) が不可欠であり、必要に応じて現地弁護士のリーガルレビューを経てから契約を締結することが推奨されます。 |
|
04 - 外国人投資家に対する法的リスク回避のための実務的提言 |
ベトナムでの不動産プロジェクトのM&A、土地使用権の譲受、事業譲渡 を検討する外国投資家にとって、法的リスクを未然に防ぐための事前対策 が極めて重要です。以下では、現地実務に基づいた8つの具体的な提言を紹介いたします。
(1)法務デューデリジェンスの徹底
投資に先立ち、土地の取得経緯、使用目的の変更、政府からの承認手続の正当性 などを重点的に調査する必要があります。
売主に対し、以下のような関連書類の提出を求めるべきです。
- 土地交付・賃貸の決定書
- 用途変更の承認書
- 補償・用地収用に関する資料
- 財務義務(地代等)に関する領収証・税務確認書類
土地が正当に競売されたか、交付決定が当時の法律に適合しているかを確認することが重要です。
(2)土地関連の財務義務の精査
プロジェクトにかかる土地使用料・賃貸料・税金・その他費用の支払い状況を確認します。
過去に不当な優遇(異常に安価な土地使用料等)があった場合は、追徴リスクを評価する必要があります。
また、延滞金や未納金が残っていないかも確認しましょう。
(3)都市計画との整合性と用途承認の確認
プロジェクトが地方の土地利用計画や都市計画に適合しているか、またその承認手続きが正当であったかを確認します。
特に以下の書類の確認が不可欠です:
- 投資登録証明書(IRC)
- 建設許可書
- 都市計画の承認決定書
違法な用途変更や計画変更がなされていないかを見極める必要があります。
(4)資金調達・顧客契約の確認
売主が過去にプロジェクトを担保に資金調達していないか、顧客から違法に資金を調達していないかを確認します。すでに契約済みの購入予約・出資契約が存在する場合、それに基づく法的義務を引き継ぐリスクがあるため、注意が必要です。できる限り、売主側で違法契約の解消・合法的な形式への変更を完了させた後にM&Aを実行すべきです。
(5)M&A契約における保証・補償条項の整備
譲渡契約書において、売主による法令遵守の保証や、後から違反が発覚した場合の補償義務・価格調整条項を明記すべきです。
例:
- 「当該プロジェクトが土地法等に違反していない」旨の保証
- 「違反により損害が発生した場合の売主による賠償」
- 「重大違反が発覚した際の契約解除権の留保」
これにより、投資家側の損失リスクを最小限に抑えることが可能になります。
(6) 現地弁護士によるリーガルレビューの活用
ベトナムの土地関連法令は複雑かつ頻繁に改正されており、現地実務に精通した現地の法律専門家の助言が不可欠です。
専門家により、以下のような見落としがちなリスクの発見が期待できます:
- 手続の不備(例:許可未取得、苦情対応中)
- 秘匿された行政調査リスク
- 最新の法改正情報(例:土地法2024の施行予定など)
(7) 国有地や国有企業由来の土地には特に注意
過去の政府監査事例から、国有地や国有企業からの転換プロジェクトには違法リスクが集中していることが分かります。
以下の点に留意すべきです:
- 土地移転時の正当性(主務省庁の承認、企業価値評価に土地が正しく含まれているか)
- 株式化(IPO)時に土地が競売されたかどうか
- 異常に低価格で譲渡されていないか
リスクが大きい場合は、プロジェクトの取得を見送る判断も重要です。
(8) M&A後の適切なコンプライアンス管理
M&A完了後も、引き継いだ事業については現行法令の遵守を継続的に徹底する必要があります。
以下のようなケースでは、必ず正規の手続を経る必要があります:
- プロジェクト内容の変更
- 土地使用目的の変更
- 建設許可や投資登録証の修正
違法な設計変更や資金調達を避けることで、追加違反の発生と当局からの指導を回避することができます。
ベトナムでのプロジェクトM&Aには、過去の法令違反や手続不備が新たな投資家の責任となるリスクが潜んでいます。
投資前の慎重な調査・契約時のリスクシェア設計・M&A後の法令遵守体制の構築により、リスクを最小限に抑えつつ、安定的な事業運営を実現することが可能です。
◆結論◆ 総じて、外国人投資家がベトナムの不動産市場においてプロジェクトの買収・M&Aを通じて参入する際には、「土地関連の法的リスク」に対する十分な注意が不可欠 です。 このようなリスクを回避するためには:
法令や実務に対する十分な理解と慎重な対応は、投資資本の保全に直結し、長期的な安定経営を支える鍵となります。過去の典型的なトラブル事例を「リスク」ではなく「学び」として活用し、信頼性のある投資判断を下すことが、成功の第一歩となります。 |