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01 - 外国投資家による出資・株式・持分購入に関する登録義務 ― どのケースで必要か? |
1.1. M&A承認が必要となるケース
ベトナム投資法(2020年投資法第26条第2項)に基づき、外国投資家が出資・株式・持分の購入に際して登録手続(M&A承認手続き)を行う必要があるのは、以下のいずれかのケースに該当する時です。
■条件付き分野における株式取得
対象会社が、外国投資家に対して条件付き(市場へのアクセス制限付き)分野で事業を展開する、かつ当該M&Aにより外国投資家の持株比率が増加する場合、登録手続が必要となります。
■ 外国投資家の持株比率が50%を超える場合
M&Aの結果、外国投資家(または外国投資家とみなされる経済組織)の持株比率が50%を超えることになる場合、登録が義務付けられます。具体的には次の二つのケースが対象です。
- 持株比率が50%以下から50%超へ増加する場合
- すでに50%超を保有している外国投資家が、さらに比率を増加させる場合
■ 特定地域に土地使用権を持つ会社の買収
対象会社が、以下の特定地域において土地使用権証明書(レッドブック)を保有している場合も登録手続が求められます。
- 島嶼部
- 国境地域(島、国境に接する町村など)
- 沿岸地域
- 国防・安全保障に影響を及ぼすその他の特定地域
1.2. M&A承認が不要となるケース
法律上、上記に該当しない場合には、外国投資家は事前の登録や承認手続を経ることなく、直接株式や持分の取得を行うことが可能とされています。
しかし、実務上は法令通りに手続が進まないケースも散見されます。とくにM&Aの場面においては、法令上登録不要とされるケースであっても、企業登録を所管する地方の行政機関がM&A承認手続の実施を求めることがあります。これは、担当官の解釈や慣行の違い、または事前審査による慎重な対応を意図しているものと考えられます。
そのため、M&A手続を円滑に進めるためには、事前に登録先となる企業登録機関に確認を取ること、または現地の法律専門家(弁護士)へ相談することが極めて重要です。不要と判断して進めた結果、手続が差し戻されたり遅延したりするリスクを未然に回避するためです。
👉 実務上の詳細なポイントや対応策については、以下のガイド記事もご参照ください。
日系企業のためのベトナムM&A実務ガイド|法令・手続・リスク・成功のためのポイントを徹底解説
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02 - 外国投資家による出資・株式・持分購入の登録手続(M&A承認手続)の概要 |
前述の通り、M&A取引が登録義務のあるケースに該当する場合(又は当局機関により求める場合)、外国投資家は出資・株式・持分の取得に関する登録手続、すなわち「M&A承認手続」を行う必要があります。以下では、当該手続の概要および実務上のポイントを解説します。
2.1. 提出が必要な主な書類
① 登録申請書
以下の情報を含む申請書を、所定の様式に基づいて作成する必要があります。
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- 外国投資家が出資・株式・持分を取得する予定の経済組織の企業登録情報
- 経済組織の事業内容・業種
- 所有者・構成員・設立時株主の名簿、および外国投資家が含まれる場合のその詳細
- 出資比率の変動(出資前と出資後の比較)
- 実際の取引価格
- 保有している投資プロジェクトの情報(該当する場合)
② 関係当事者の法的書類
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- 外国投資家が個人の場合:有効なパスポートの写し(ベトナム語訳および翻訳公証が必要
- 外国投資家が法人の場合:設立証明書や法人登記証など(領事認証+翻訳公証が必要)
- 対象企業(ベトナム企業):有効なIRCおよびERCの写し
③ 土地使用権証明書の写し
対象企業が島嶼部、国境地帯、沿岸地域など国防・安全保障に関わる地域に土地を保有している場合に限り、提出が求められます。これにより、当局が国防省・公安省への照会が必要かどうかを判断します。
④ 関連契約書類
出資決議、株式譲渡契約書、持分譲渡契約書など、取引内容を証明する契約資料一式。
⑤ 補足説明書類
多くの場合、当局はM&A取引の適法性や投資家の適格性について説明を求めます(例:資金証明、条件付き業種に関する充足説明など)。
⑥ 委任状
対象企業が手続を代理人に委任する場合は、正式な委任状が必要となります。
2.2. 担当機関
手続きは、対象企業の本店所在地を所管する地方の計画投資局(現在は「財政局」等へ移行)が受付・審査を行います。
2.3. 所要期間の目安
- 標準期間:すべての書類が正しく提出された場合、約1.5〜2か月で承認が得られるのが一般的です。
- 延長の可能性:以下のケースでは、中央省庁との照会が必要となるため、3〜4か月以上かかる可能性があります。
- 条件付き業種に該当する場合
- WTOサービス貿易約束表に未掲載の業種
- 土地保有が国防・安全保障上の地域にある場合
2.4. 手数料
現時点では、当該登録手続に対して国家手数料は徴収されていません。ただし、認証・翻訳・委任状の作成等、実務上は一定の外部費用が発生する点に留意が必要です。
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03 - 実務上の留意点と外国投資家へのアドバイス:M&A手続の成功のために |
以下は、外国投資家がベトナムでのM&A取引を円滑に進めるために、事前準備段階で注意すべきポイントおよび実務経験に基づくアドバイスをまとめたものです。
3.1. 対象企業の事業内容・業種の正確な確認・事前調整
投資判断の初期段階においては、対象企業の事業登録業種リストを取得し、これを投資法実施細則に基づく政令で定められた外国投資家向けの条件付き業種一覧と照合することが必須です。
条件付き業種である場合には、以下のような具体的条件を正確に把握し、対応の準備を行う必要があります。
- 持株比率の上限
- ベトナム企業との合弁要件
- 法人形態の制限
- 法定資本額
- 事業実績の有無など
たとえば、小売業(小売り店舗の設立)では経済的ニーズテスト(ENT)が必要となることがあり、広告業ではベトナム側との合弁要件が課される場合もあります。これらの条件に適合する体制を構築することで、承認取得の可能性を高めると同時に、投資後の法令違反リスクも軽減されます。
3.2. 外国出資比率の確認
登録要否の判断には、外国投資家が保有する持分比率の変動が大きく関わります。そのため、M&A取引の前後におけるすべての外国出資者の合計比率を正確に算出することが重要です。
3.3. 書類準備は早期かつ適法に
特に外国で発行された書類(登記証明書、パスポート等)は、領事認証および翻訳公証を経る必要があり、想定以上に時間がかかることがあります。そのため、早期に必要書類を洗い出し、期限切れ・古いバージョンの使用を避けるよう十分な注意が必要です。
翻訳は、法律用語の誤訳を防ぐため、専門の翻訳事務所の利用が望ましく、内容の不備による補足・修正依頼リスクを減らすことができます。
3.4. 申請書類の記載内容の正確性と整合性
登録様式(例:A.I.7様式)は、以下のような点について正確・完全に記載する必要があります。
- 対象企業の企業コードや業種コード
- 出資比率(小数点以下2桁まで)
- 取引金額(通常はVNDまたはUSD建て)
- 条件付き業種の明確な識別表示
申請書に記載された内容が、株主間契約や譲渡契約と食い違っている場合、審査が遅延または拒否されるリスクがあります。
3.5. FDI口座の開設と資金管理への注意
M&Aの結果、外国出資比率が50%超となるFDI企業になる場合、出資前にFDI資金専用口座(FDI口座)の開設が義務付けられます。承認取得後は、早急に商業銀行と連絡を取り、関連書類(承認書、契約書、IRC/ERC等)を提示して開設手続を行うことが重要です。
また、外国からの資金送金は、必ずこのFDI口座を通じて実施しなければならず、将来の利益送金・資本回収の際の証明資料にもなります。FDIに該当しない企業であっても、正規の銀行チャネルを通じて送金することが必須です。現金・非正規ルートでの送金は外為法違反となり、将来的に大きな問題に発展しかねません。
3.6. 専門家の活用と代替案の設計
業種の特殊性や立地条件によっては、承認取得までに時間がかかる、あるいは承認が下りない可能性もあります。そのため、ベトナム法務に精通した弁護士やコンサルタントと連携し、事前確認や当局との交渉をスムーズに行う体制を整えることが重要です。
また、万一の不承認に備えた代替案の用意も有効です。たとえば:
- 取得比率の引き下げ
- ベトナムパートナーとの合弁による条件充足
- 対象業種の変更や新法人設立による再検討など
このように柔軟なアプローチを持つことで、多少の計画変更があっても、投資そのものを止めずに推進できる戦略的対応が可能となります。
ベトナムにおける外国投資家のM&A取引は、法制度上の条件に加え、実務運用や地域差、業種特有の制限によって複雑化する傾向があります。特に以下の点は、投資家にとって重要なリスク管理要素となります。
また、申請が形式的なものにとどまらず、内容の一貫性・信頼性が重要視されるため、現地法に精通した専門家の関与は不可欠です。
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