M&Aや資金調達、事業協力契約など、金額の大きな取引においては、情報格差の解消とリスク回避のために「表明保証条項(representations and warranties)」が不可欠です。特に外国企業や投資家との契約では、この条項が取引実行の前提条件とされることもあります。しかし、ベトナム法には「表明保証」に関する独立した規定が存在せず、その法的効力や違反時の取り扱いについては実務上さまざまな疑問が生じています。
本稿では、ベトナム民法・商法に基づき、表明保証条項の位置づけと効力、違反時の法的効果、そして契約書における実務的な記載方法について、法的視点からわかりやすく解説します。
表明保証条項に関するベトナム法上の法的整理と実務的考察
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01 - 表明保証とは何か? |
「表明保証(representations and warranties)」とは、契約当事者が契約締結に先立ち、あるいは契約期間中に、自身の法的地位や財務情報、対象資産の状態などについて、事実に関する陳述とその正確性の保証を行う条項です。
たとえば:
- 売主が「対象会社の株式を正当に保有しており、第三者の権利に一切抵触しない」ことを表明する。
- 融資契約において、借入人が「財務諸表が適正に作成され、重要な隠れ債務がない」ことを保証する。
このような条項は、情報が非対称な関係において、リスクヘッジや意思決定の根拠として極めて重要です。
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02 - ベトナム法における制度的位置づけ |
2.1 ベトナム法には明文の制度規定がない
現在のところ、ベトナム民法(2015年改正)や商法には、「表明保証」という制度そのものに対する明文の定義や規定は存在しません。
そのため、この条項の効力や違反時の法的効果は、契約自由の原則と当事者の合意内容に委ねられるというのが基本スタンスです(民法第385条、第402条、第423条など)。
2.2 実務上の2つの解釈
実務運営上、以下の2つの解釈があります。
· 1つ目の見解では、表明保証はあくまで「事実に関する陳述」であり、契約上の義務ではないと捉えます。したがって、仮に事実と異なる場合でも、それが契約違反とはならないという立場です。
· 一方、2つ目の見解(実務上はこちらが主流)では、表明保証は当該当事者に一定の法的義務を課すものであり、違反があれば契約違反や損害賠償請求の対象となり得ると解釈します。
2つ目の見解の立場を支持する理由としては以下のとおりです:
- 「cam đoan(表明)」や「bảo đảm(保証)」という言葉自体が、ある結果または状態を維持するための積極的な行為義務を意味する。
- 実際の契約書では、表明保証が虚偽または不完全だった場合の**制裁措置(違約金、契約解除、損害賠償など)**が明記されていることが多い。
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03 - 表明保証条項違反の法的効果 |
3.1 違反は契約違反とみなされるか?
契約書の中で、以下のような記載が明確であれば、違反=契約違反として処理される可能性が高いです:
- 表明保証が「本契約の前提条件である」ことの明記
- 表明保証が契約期間中および終了後も「継続して有効」であるとの定め
- 虚偽の場合の具体的制裁措置や損害賠償の記載
逆に、これらの記載が不十分であったり曖昧であると、法的拘束力が弱くなり、トラブル時に立証が困難となる可能性があります。
3.2 違反が認定された場合の主な法的効果
効果 |
法的根拠(ベトナム民法) |
損害賠償請求 |
第419条 |
違約金の請求(定めがある場合) |
第418条 |
契約の解除または停止 |
第428条 |
契約の無効主張(詐欺または錯誤) |
第127条 |
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04 - 契約書作成時の実務上の注意点 |
表明保証条項を法的に有効かつ実効性のある形で盛り込むためには、以下のような観点から条項を構成する必要があります:
項目 |
ポイント |
内容の具体性 |
「対象会社に未申告の税務リスクがない」など、具体的な記載が望ましい |
有効期間の明記 |
契約締結時、クロージング時、一定期間後まで有効等 |
検証方法 |
関連資料の開示義務、第三者による確認など |
違反時の救済措置 |
一定額の違約金、損害賠償、契約の解除、契約金額の調整など |
独立条項化 |
表明ごとに条項を独立させ、違反時の判断を明確にする |
表明の継続性 |
「契約締結日およびクロージング日まで有効」と明記する |
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05 - 実務上の動向と事例(VIACおよび裁判所) |
現在のところ、最高人民裁判所からの公式な判例やガイドラインはありませんが、以下のような実務例があります:
- ベトナム国際仲裁センター(VIAC)による仲裁判断(2020年):
M&A契約における売主の虚偽表明に基づき、買主が契約解除と損害賠償を請求 → 仲裁廷は表明保証条項を「当事者間の義務的な約束」として認定。 - ホーチミン市経済裁判所による判決(2018年):
買主が表明保証違反を理由に契約解除を主張したが、契約書に「違反時の効果」に関する定めがなかったため、裁判所は解除を認めなかった。
これらの事例からもわかるように、当事者間の明確な合意内容と文言設計が実務上の鍵を握ります。
🔻結論・まとめと実務上の示唆
表明保証条項は、情報の非対称性を是正し、契約の透明性と信頼性を高めるための極めて重要な条項です。ベトナム法においては独立した制度として規定されていないものの、契約自由の原則に基づき、当事者間の明確な合意と構成により、実質的な法的効力を持たせることが可能です。
契約書を起草する際には、表明保証の内容、適用期間、違反の認定方法、違反時の救済措置などを具体的に定めておくことが重要です。また、紛争時に効力が認められるよう、文言の明確化や制裁条項との連動も欠かせません。
今後、ベトナムにおける商取引の複雑化・国際化が進むにつれ、表明保証条項の法的位置づけと実務的な構築はますます重要性を増すでしょう。企業法務担当者や法律専門家は、これらの条項に対する理解と設計能力の強化が求められています。